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有り難いとは
 今年は春から、自治会の組長をしています。自治会費の集金や回覧板の管理、ごみ置き場の準備や回収不能なごみの処理、会合への出席などといった仕事をしています。
 

特に昼間の時間確保が難しい私は、自治会費の集金には苦慮しました。何度かの訪問の後、ドアが開く瞬間、やっとお会いできた〜!と自分はうれしくて満面の笑みをしても、渋いお顔をされて気まずかったり、自治会ですと告げると静かに鍵を閉められて、ドアの前で一人で泣きそうになったり。
 
ごみ収集場所管理の当番では、ルール違反のゴミ出しにぶつぶつ文句を言いながら分別をしたり。自治会の仕事をしている時の私の顔は、不満おばさんの醜い顔になっていたと思います。
 「ご苦労様です。一年よろしくお願いしますね」と言って下さる方もたくさんいらっしゃって、当番をされている方にそんな風にきちんと挨拶をすることができていたかなと今までの自分を反省したりもしました。
 
 
そんな不満おばさんの私に、先日は防災訓練の招集がかかりました。ヘルメットをかぶりながら、消火器の使い方や がれきからの救助方法、即席担架の作り方を消防士さんから教わりました。教えていただく順番が回ってくるのを待っていると、他の組の組長さんが話しかけて下さいました。「私は55だけどね、こういう地域の役割をやらせてもらうのは初めてでね。ゴミ捨て場も、ああやって誰かが管理してくれとることを当たり前に思っとったしねぇ、何気なく回しとった回覧板も、ちゃんと管理してくれとった人がおったんだわねぇ。こんな年までそんなことも考えずにおったなんて恥ずかしいことだし、今まで本当に有り難かったと思ってねぇ。組長をやらせて貰って本当によかったわ」と。お化粧は薄くて、お洋服も地味にされている女性の方でしたが、私の目には、その方の姿が素敵な少女のように映りました。順番で回ってきて仕方なくやる当番の仕事も、有り難さ(幸せ)を感じる機会になり得るということ。物事は感じ方や捉え方でストレスにも幸福感にもなり得るということ(これらは認知行動療法的な考え方ですね)。謙虚な気持ちというのが、その人の表情や雰囲気を若く美しくするということ。大切なことをその方から教わることができた不満おばさんの私の表情も、少しでも少女(風)になれればなぁと思いつつ、今日も回覧板を届けに行きました。
 
 

 
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最近はまっていること
 診察では、私から患者さんに質問するのが通常ですが、時々、患者さんから私に、治療やお薬のこと以外で質問されることがあります。患者さんは、いつも私の質問に一生懸命考えて答えてくださるので、私も、質問されたら、どんな質問でも、真摯にお答えするようにしています。
 
 よくある質問の中の一つが「最近、はまってることってありますか?」です。 実は今まで、人に言えるほどはまっていることというのがなく、強いて言えばヨガかなァとか、夜の一人ウォーキング(これには、女性は危険ではという意見をいわれたことも(^_^;))かなァなどど答えていました。 確かにどちらも好きでしたが、肩や背中のこり・心の緊張を解消するための治療的手段でもありました。楽しい!というよりも、やると楽になるからやろうという感じ。
 
 が、しかし、3か月前、本当にこれ楽しい!と思えることに出会ったんです。それは、洗車です。洗車というと、世の中では、お父さんの日曜日定番のお仕事です。ですが、これを男性だけにやらせておくということは、男性が女性だけに料理をさせておくのと同じ位もったいない・・・とまで思うようになりました。人は、水に触れるととても心が落ち着くといわれています。ホースで車に水をかけていくと、心が解放されていきます。そして、屋根から洗っていくわけですが、回数を重ねる毎に、掃除でいうところの部屋の隅のような、ここを押さえると仕事が決まるというポイントが見えてきます。やればやるほど動きがこなれていくのも嬉しいし、、、やっている間はとにかく無心。あっ!こんな所にも汚れをかくしてたの?と心の中で車に話しかけることも(笑)。 
 
 最後にピカピカに仕上がった時の気分、そしてその車を運転する時の気分は最高です。いつもは豪快に開脚で乗り込む私も、車がきれいになると、先ずは静かに腰を下ろして、その後にきちんと足を揃えて乗り込もうと心がけるようになります。レディーライクな気分でありながら、自分で洗車したことによる自信が、何とも心地よいのです。夫やガソリンスタンドのお兄さんといった男性の手を借りることなく、自分で自分の車を磨くと、自分の女っぷりも上がるような気がします。
 
 「はまる」って自己満足ですよね。何かを買い集めたり、習い事に通ったりしなくても、日常の中に自分が今まで体験していない楽しいことってあるんだな〜と、実感しています。
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コメダにて。

 私の夫は、コメダが大好きです。

 夫は、基本的に外食を好まず、家で静かに食事をしたい人です。私が忙しくて料理できなければ、家で食事をするために、自分で料理することも苦ではない様子。
 そんな夫ですが、なぜかコメダのモーニングがお気に入り。家でも簡単に作ることのできるコーヒーとパンとゆで卵をわざわざお金を出すのももったいないような、朝早くから、お化粧をしておしゃれをして行っても、おじさんおばさんばかりの、おしゃれとは言い辛い(コメダさんごめんなさい)雰囲気に行くのも張り合いがないような・・・と私は思っていたのですが、たまには夫の望むことを提案してみようと、久々のコメダモーニングへ私から誘ってみました。
 
 とっても嬉しそうに週刊雑誌を選び、席に座る夫。私は芸能情報満載の女性なんやら系雑誌を一瞬手に取りつつ、いかんいかんと自分に言い聞かせ、ファッション雑誌を選択。そして、名古屋自慢のモーニングセットを注文しました。そこからは、二人とも、雑誌に集中です。時折コーヒーやゆで卵を口にしますが、ほぼ会話ナシ。とはいえ、ちょっと見せたい記事があると、お互い、ねえねえ見てという仕草をして雑誌のページを相手に見せます。短く意見を言うこともあれば、興味がなくて、ふーんで終わることも。
 
 私は一通り自分のファッション雑誌を読み終え、カフェオレを口に含みながら改めて周りのお客さんを見渡してみました。すると、周りには、私たちのような無言・各々雑誌に集中・時々はしゃべる・微笑み合うことは決してない・二人だけど一人でいるよう、でも二人という中年・老年ご夫婦の多いこと。

  これが夫婦というものかな〜とぼんやり考えました。
 それほど会話をしないのなら、二人で来店する意味はないかもしれなせん。でもやっぱり一人より二人が良い。積極的に話題をふるわけではないけれども、独り言に近いつぶやきを言う相手がいたほうが良いし、時々は簡単でも反応がほしい。
 長年結婚生活を送り、人間性も知り尽くした夫婦は、恋人ではないので、大好きか?ときかれると微妙かもしれません。しかし、嫌いだったり、過去の恨みばかりがある相手であれば、あえて向かい合ってモーニングをしようとは思わないのではないでしょうか。

 などと考えながら、改めて周囲の老年ご夫婦を見ていましたら、尊敬の念さえ湧いてきました。

 さてさて、私も、30年後にあのご夫婦のみなさんのように、夫婦のコメダタイムをさりげなく過ごすことができているでしょうか。 これは、神のみぞ知る・・・ですね。

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お手紙ありがとうございます
 春ですねー。 とはいえ、すでに桜も散ってしまいましたね。

私のメンタルクリニックは、名東区、長久手町、日進市から受診される方が多いので、転勤族の方が多くおみえです。そして、大学が多い地域ということもあって、大学生の方もたくさん通われています。

春ということで、転勤されたり、就職に伴って転居されたり。
転居を機に、通院を終了できれば、一番良いのですが、継続して通院の必要な方は、情報提供書という今までの診療内容を書いた文書を持っていっていただきます。
それまでのカルテを見つつ、その時の治療の状況を思い出しながら作成します。
私のポリシーから、当院はまだ紙カルテです。ですから、ページをめくりつつ以前の治療記録を読み返していると、アルバムをめくっているような気持ちになります。

情報提供書をもって次の病院に行かれると、次の主治医の先生が、引き継ぎましたよという内容のお手紙を下さります。転居されてからのご本人の様子を簡単に教えてくださる先生もみえて、その様子からほっとしたりもします。もちろん、ほとんどがお会いしたことのない先生ですが、先生の誠実な人柄が感じられることもあり、その点にほっとすることも。 

でもやはり、一番うれしいのは、ご本人からのお手紙です。
無事になんとかやっています〜という内容のお手紙を転院されたご本人から、直接いただいたり、転院される最後の診察でお手紙をいただいたり。

いただいたお手紙は、私の「財産」となっています。

転院された皆さん。
生きていると色々な日がありますね。
皆さんが、少しでも平穏な気持ちで、一日一日を終えることができますように・・・。
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美しい女性
  先日デパートへ行った時、名古屋のテレビ局が取材に来ていました。‘テレビ’の取材というと、何の番組かしら〜、隅っこにこっそり映ったりして〜と、近づいていってしまう田舎者の私。・・・とその時、目に入ったのは、ボーイフレンドデニムをさらりと素敵に着こなし、大きなカメラを華奢な肩に乗せている女性カメラマンの姿でした。この頃は様々な職業の女性を見かけます。地下鉄の運転士さんも、裁判官も珍しくはなくなりました。しかし、私にとって、力仕事でもあるテレビのカメラマンという仕事をしている女性の姿は大変な驚きでした。
 私が大学生の頃に、『29歳のクリスマス』というドラマが放映され、とても話題になりました。女性主人公のうちの一人が、テレビ局の女性カメラマンという役柄でした。29歳で独身という設定も、女性がカメラマンという設定も、当時の私には普通にはあり得ない事の様に思えました。
あれからウン十年(ウン年?)。
女性の生き方の幅は、なんと大きく広がったことでしょう。今時、29歳で独身なんて、ごく普通のことです。しかも、一番女性がもてるのは、29歳とのこと。そんな時代が羨ましい・・・。
そして、私の目の前で実際にお仕事をされていた女性カメラマン。
 女性でありながら、どうしてあんなに重い物を持って、撮られる側ではなく、撮る側になろうと思ったのか。私より少しだけ(?)若いだけであろうその女性は、女性もテレビ局のカメラマンになれるということを、どうして信じることができたのか。そして、どれだけの苦労を重ねて、その仕事にたどりつくことができたのだろうか。
 男性スタッフ達とテキパキ打ち合わせをしながら、淡々と仕事を進めていく彼女を、憧れを持って、失礼な程じっーと見てしまいました。
そして考えたこと。
彼女は自分の仕事に強い意志を持っているからこそ、細い肩に重いカメラを乗せながらも、あんなに機敏に動くことができるのではないか。
誰かになれと言われたからでなく、誰かに頑張れといわれたからでもない。自分が望み、
自分で手に入れた仕事を、誇りを持って全うしている姿は、とても美しい姿でした。
もちろんその方とはお話していないので、全て想像ですが、その様に想像してしまう程、彼女の姿には強い意志を感じました。
 女性医師としてのやり辛さや、女性としての年齢の曲がり角を感じ、このところ少々弱気になっていた私ですが、自分で決めた道を真摯に生きることが美しさに繋がっているんだ!と。彼女の姿に力をもらった気がしました。
 そしてそれは、仕事をしているしていないは関係ないのではないでしょうか。
家庭の主婦として家族を支えることも、その人が自分の意志と誇りをもってしていれば、その人は美しいはず。
 初めは自分で選んだ生活や仕事なのに、いつの間にかそのことを忘れてしまいます。それが容易に得られたものほど、忘れやすいのかもしれません。

後日、偶然つけたテレビで、例の取材の番組を放送していました。私は、隅っこにすら映っていませんでした・・・。残念。
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広島旅行
ブログを読んで下さっている患者さんから、「グルメや旅行のことも書いてみて下さい!」と言っていただくことがよくあります。「そうですね〜。そういうのも書いてみますね〜」というものの、ブログに載せるほど珍しいものを食べていませんし、旅行は休みがないので、全くといっていい程最近は行っていません・・・。が、先日、広島へ娘と行ってきました。一泊とはいえ、かなり久しぶりの旅行でした。

なぜ広島か?。娘がやっていた国語の教材の中に、広島の原爆のことが書かれていたからです。教材を終えた後に、娘から沢山質問されました。戦争って何?原爆って空襲とどう違うの?テレビで見たことある原爆ドームって、どうしてあんな形なの?このお話みたいに、広島の人はみんな大変だったの?亡くならなかった人もいたの?など。
今までの自分の知識で答えたものの、問われてみれば、自分も正確に理解していない。そもそも、学校の勉強以上の知識がありません。そこで、二人で図書館へ行き、原爆についての本を何冊か借りました。
私は、大人向けの本を読んで、歴史的・科学的なことも含めて学び、娘は、子供向けの原爆体験を、衝撃を受けながら読みました。

そして、広島に行ってきました。車両・職員ともに大きな被害を受けながら、被爆後3日で復旧したという路面電車に、感慨深く揺られながら、平和公園に到着しました。私は、大学生の時にも資料館を含めて訪問していますが、今回は自分なりに学習してから行ったため、考えさせられることが多かったように思います。
被爆者の方々の手記を多く読んだこともあり、平和公園全体が、お墓のように思え、その上を歩くことも、そこで笑顔をつくることも憚られるような気がしました。そして、生きて、その地面の上に立っている自分という存在を強く意識しました。
これから広島に行く予定のある方は、是非、しっかりと学習してから行かれることをお勧めします。
 
普段の診療の中では、日常的に「死」をテーマとして扱っています。しかし、今回ほど、死ぬこと、生きること、健康であること、そして、平和であることを考えさせられたことはなかったように思います。 「私、平和ぼけしていたかもしれない」と反省してからは、日常の愚痴や不満がどこかに飛んでいった気がします。 (今のところは。。。ですが。)
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試験って嫌ですね

 2月は、様々な職種の国家試験がありますね。私のところにも、そんな受験生さんの受診が増えています。ほとんどの方の受診の理由は不眠。もちろん不眠は、薬物治療だけでなく、生活の工夫が重要ですが、もう試験はすぐそこという時期。ゆっくりぬるめのお湯に浸かったり、アロマをしたり・・・なんて悠長なこと言ってられないのでは。と経験者としては感じます。
受験生の方のお話を伺う度、自分の試験のツラーい経験が、つい最近のことのように思い出されます。
 大学4年生の進級試験の時、1週間ほどの試験期間の2日目から不眠と異常な不安感を認めました。それまできちんと勉強をして、準備していたはずなのに、集中してノートを見ることすらできず、自分の視野が狭くなり、死が頭をよぎりました。なぜか、右の手首の血管がとても痛くて、ペンが持てませんでした。その時、リーゼという抗不安薬を一錠服用し、数時間深く眠れたおかげで、私は死なずに済んだのではないかと思います。
 国家試験の前日は、慣れない宿泊施設と緊張から、全く寝付けず、冷蔵庫の中のアルコールを大量に飲みましたが、お酒に強かった私は、全く酔うことも寝ることもできず。不眠の恐怖と夜の闇に押しつぶされそうで、でも泣くにも泣けず。
 冷静になれば、進級試験の時は、とにかく落ち着いて毎日の試験日程をこなし、落とした学科は再試で頑張ろうくらいに考えることができたし、国家試験の時も、少々眠れなかったからといってそれまで覚えたことを全て忘れる訳はなく、眠れないならその時間勉強ができるからラッキーくらいに考えることができたかもしれません。しかし、試験数週前からの不眠や緊張、疲労がピークに達した、試験前日や当日、そのような冷静さを持つことは困難でした。ここぞという時、眠れないのは本当に辛いです。
 今でも夢に見るほど、とても辛い経験でしたが、これらの経験をして、やはり精神科医になろうと決意できたことは、本当によかったと思います。
 受験生の方が診察を終えて、退室する時。その背中に心の中で声をかけ、祈るような気持ちです。
「辛いけどあと少しだよ。そして、試験の前日も眠れますように」と。
 
 

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最近嬉しかったこと
 とてもお久しぶりです・・・。通院されている患者さんの皆さんに「先生のブログ読んでますよ」「次を楽しみにしてます」と応援していただいていたにも関わらず、ずーっと書けずにいました。
その間に、開院して一年を経過し、私自身誕生日を迎えて35歳になり、すっかり秋になりました。今、窓の外では秋の虫さん達の声がしています。
 前回のブログを書いた頃から、診療について、自分自身について、悩み、考えることがあり、とても文章を書く気持ちになれませんでした。
 そして、もやもやと考えていたことの結論が自分の中でまとまり、その結論に基づいて毎日を過ごしていた頃のことです。
 以前から通院されている患者さんが、受付で次回の予約を終え、帰られる時に「このクリニックを出る時、いつもほんわかした気持ちになって、また頑張ろうと思える」と、スタッフにおっしゃってくださったそうです。それをスタッフから聞いた時、本当に嬉しい気持ちでした。そんな風に感じてもらえるメンタルクリニックをつくりたいと思い、必死で仕事の経験を積み上げ、開業の準備をこつこつやってきました。しかし、一年経過して、患者さんの人数も増えてきている中で、患者さんに、当初自分が感じて欲しいと思っていた通りに感じてもらえているのか、少し心配があったからです。
 私は、患者さんのカルテの内容をほとんど全てに近いくらい、頭のなかに入れています。カルテのお名前をお呼びして、私の前に座っていただき、こんにちはと言いながらお顔を見た瞬間に、カルテを開かなくても、その方が初診の時にいらっしゃった様子、今までの病気の経過、家族のこと(お聞きしていれば飼っているペットのことまで)、前回の診察の内容をすーっと思い出します。紙のカルテにいつもたくさん書きますが、それ以上に、患者さんとお話した内容が自分の頭に入っている感覚です。これは、1〜2回で診療を中止となり、半年以上後にお会いした場合も同じです。そんな診療スタイルですから、私の頭が一日でこなせる仕事の量は限られているのかもしれません。このスタイルを継続できるペースが、最善の診療をさせていただける自分のペースだということが、私がこのところ悩んで出した結論でした。そして、その結論を軸にして「ほっとできるクリニック」を継続させるために、35歳の一年を毎日丁寧に過ごしていこうと決意して2ヶ月程経過した頃、患者さんにそのようなお言葉を頂き、とても嬉しかったです。
 本当に、嬉しいことでした。
 
 
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あー疲れる・・・
本屋さんで雑誌を立ち読みしていて、どーっと疲れてしまいました。自分の年齢から、私が開くのは、30、40代向けの雑誌です。どの雑誌にも、有名人のインタビューが載っています。中には、読者モデル?なんでしょうか、一般の方も。もちろん、雑誌ですから、全てが本当とは思いません。でも、どの雑誌においても、どの記事においても、綺麗で、おしゃれで、社会的に立派なご主人を持ち、自分までも社会的に活躍して、おまけに、子供は複数。そんな経歴を紹介した女性が、完璧なファッションに身をまとい、にっこりしています。仕事も家事も子育ても両立して楽しんでやっていまーす。妻としても可愛いでーす・・・と。ふうーん、そんな器用に?全部自分でできるの?楽しくない時もあるでしょ?イライラしないのかなぁ?なんて気持ちで読んでしまう私は、いじわる女でしょうか。何せ、仕事以外は、私ができていないことばかりなので・・・。こんな風に立ち読みをしながら、ぶつぶつ怒ってしまうのには理由があります。スーパーウーマンを目指して疲れきってしまい、心身のバランスを崩してメンタルクリニックを受診される女性が非常に多いのです。「幼稚園前のお子さんを家で一人で育児していたら、大変ですから、イライラすることもあるんですよ」「仕事していたら、家事や育児は誰かに助けてもらわないと」「家事を毎日きちんとやったら、疲れて当然ですよ」そんな風に私が言うと、皆さん目を丸くして、「他の人はもっと元気に、綺麗にして頑張れているのに」と。他の人って誰?と日々疑問に思っていた私は、雑誌の中にいた「他の人」を思わず睨んでしまったのです。という私も、スーパーウーマンを目指して挫折した一女性。「自分の体と相談して、ぼちぼちで」と患者さんに話しながら、実は自分に言い聞かせているのかもしれません。
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働いていただいているということ
この仕事をしていると、ほんっとうに様々な仕事の方のお話を聞かせて頂きます。以前、三重県で働いていた頃は、農業・漁業・林業の方ともたくさんお会いしました。名古屋に来てからは、役所、先生、内装業、工場、スーパー、ファミリーレストラン、設計、電車の駅員さん、コピーライター、演奏家、建設業、宅急便、新聞配達、看護師、タクシー、医師、事務職、営業などなど(さん、〜の方を略しています)・・・。いつもできるだけ、患者さんのお仕事を詳しく聞いて、その方が働いている様子を思い浮かべます。私の仕事の内容は、受診したことの無い人でも、何となく想像できると思います。話して、薬出すのかな?なんてイメージでしょうか。催眠術かけれますかときかれることがありますが、残念ながら、それはできません。しかし、社会には仕事の内容が想像しにくい職種がたくさんあります。お話をきいていて、最初は、分かりにくいのですが、徐々に分かってくると、あー私の生活のこういうところで役立ってもらっている仕事だー。と思うことがあります。そして、ほとんどの方の仕事が、何らかの形で、私の生活を支えてくれていることが分かります。メンタルクリニックですから、皆さん、お仕事の悩みや、疲れを話されるわけです。もちろん、人は生活のために働いているのですが、その人達の仕事上の苦労を聞いていると、働いていただいていることに心から感謝を感じることがしばしばあります。例えば身近なところでは、宅配便の配達員さん。重い荷物を持ってマンションの上の方まで来てくれます。でもクリニックにいる私は昼間は不在。またその重い物を持って車に戻り、その後帰宅して不在票を見た私が、家から電話をしただけで、再び持って来てくれます。少し遠いところでは、飛行機製造の技術者さん。わずかなミスが人命に関わることや、作業の失敗によって莫大なコストがかかってしまうという重圧の中、不規則勤務をこなしているのです。そういう人達のおかげで、私達は、あんな大きな鉄の塊に乗って、平気で遠くに行くことができるわけです。働く意欲を継続させるのに必要なものって何でしょう。もちろんお金。これがないと生きていけません。しかし、お金だけでは、その仕事を続けていこうという心は折れてしまいます。誰かの役に立っているという感覚が、その人を力づけるのではないでしょうか。そして、仕事の形態によっては感じにくいかもしれませんが、仕事をしている以上、何らかの形で誰かの役に立っていると思います。私は、働いている人と自分が関わったら、ありがとうをどんどん言うようにしています。レジでお金を払う時、バスを降りる時、飲食店で店員さんがお水をくんでくれたとき・・・などなど。外来診療をしていく中で、いろんな方の仕事の苦労話を聞けば聞くほど、社会で働いている人達がいとおしく、ありがたい存在に思えてくるのです。
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